研修報告【2023年1月 市町村議会議員特別セミナー】

令和4年度第3回市町村議会議員特別セミナーを受講しましたので、その内容を報告します。

日程 令和5年1月23日(月)、24日(火)
会場 JIAM 全国市町村国際文化研修所(滋賀県大津市)

1日目 13:15~14:45
ベーシックサービス宣言~分かち合いが変える日本社会~
慶應義塾大学経済学部教授 井手英策氏

1日目 15:05~16:35
一人ひとりの個性を尊重する「あおいけあ流」の介護の世界
株式会社あおいけあ 代表取締役 加藤忠相氏

2日目 9:00~10:30
ヤングケアラー現状と必要な支援
一般社団法人日本ケアラー連盟 代表理事
日本女子大学名誉教授 堀越栄子氏

2日目 10:50~12:20
ひきこもり本人や家族が必要とする支援と地域の役割
特定非営利活動法人 KHJ全国ひきこもり家族会連合会
広報担当理事 池上正樹氏

※講座の資料は、受講者の所属自治体内のみでの共有が認められているもので、当ホームページでは公開することができません。また、撮影も禁止されていたため文字のみの報告になりますが、ご容赦ください。

研修資料

JIAM研修所と琵琶湖

ベーシックサービス宣言~分かち合いが変える日本社会~

講演の要旨

日本の社会保障費(対GDP比)はOECD以上で一見充実しているようで、実はそのほとんどが高齢者向け。現役世代向けはトルコ、アメリカに次いで下から3番目。高齢化が多いのは高齢化率が高いためで、高齢者の社会保障が充実しているわけでもない。平成以降共稼ぎ世帯が増えたにも関わらず世帯所得は減少。1人当たりGDPは4位から26位へ。企業時価総額トップ50は32社から1社へ。ユニコーン企業はインド32社、韓国10社を下回る5社。オリンピックや異次元の金融緩和があっても実質GDP成長率は1%を超えない。発展途上国の一歩手前というのが今の日本の現状。

弱者救済を政府の責任と考えていない人の割合が極めて多い社会。みんな苦しんでいる。弱者を救済することは望まない→全ての人たちが救われるべき。救済ではなく保障を。必要なのは「ベーシックサービス」+「品位ある最低保障」。誰もが生存、生活のために必要とするサービスを無償で提供する。所得で差別するようなことはしない。何を、どこまで無償化するかは、論理ではなく対話で決める。無償化の範囲を広げた上で、失業給付の増額・使用期限の延長、住宅手当の創設などで生活保護の範囲を小さくする(スティグマを減らす)。中間層の生活保障により、働けない人たちへの寛容さを引き出す。人間を救済の屈辱から解放し、万人の尊厳を平等化する。

財源はどうするか?一律現金給付は一人当たりの金額が少なく十分な保障にならないのに膨大な費用が掛かる。所得制限を設けない現物給付ならより多くの保障ができる。例えば、大学・介護・給食費や学用品を無償化し、医療福祉職の給与を年間50万円引上げ、最低保障の拡充として住宅手当月2万円を1200万世帯に給付、生活扶助と失業給付を1兆円拡充するとすれば消費税なら6%の引上げで可能。何をどこまで拡充するか、何税を引き上げるかは徹底的に議論すればよい。消費税には逆進性があると言われるが、税と給付の全体で考えることが必要。

増税で家計の負担が増えるように思えるが、現状では教育や老後に備えて貯蓄をせざるを得ない。これらの費用は実際には必要がなかったとしても、備えは必要だから過剰貯蓄になり消費が抑えられる。貯蓄の必要がなくなれば増税があっても消費が増やせる。貯蓄で備える(=自己責任社会)か税で払って保障してもらうかの違い。教育費だけ無償化しようとすれば子育てを終えた世帯や子どをがいない世帯の理解を得られないので、介護の無償化をセットにするなどの工夫が必要。

感想

井手氏の理論に出会ったのは平成25年頃だったと記憶しています。これを実現したくて政治家を志したと言っても過言ではありません。何冊も著書を読み、何度も講演を聴きました。

無償化の範囲を拡げれば、増税をしたとしても、増税による負担増より無償化による支出減が上回り、実質的な負担は軽減されます。実際にサービスを得られなくても、いざ必要になったときにサービスを受けられるという点が重要です。考え方としては保険に近いと言えます。

どんな行政サービスを無償化すべきか、何税をどれだけ上げるべきか、という議論を国民全体で行い、結論を出すのは困難です。その場合には国民に代わり政党が行うことになるのではないかと思います。それよりも、市町村であれば、こうした議論に市民が直接参加することができるでしょう。地域によって無償化が必要な行政サービスも、無償化に必要な税率も異なります。私自身は、こうした議論は、市町村でこそ実践できると考えています。増税を前提とするのではなく、何を無償化したらいくら掛かるか、何税を何%引き上げたら税収がいくら増えるかというところから、市民のみなさんと考えていきたい問題です。

参考書籍

『分断社会を終わらせるー「だれもが受益者」という財政戦略』(2016筑摩選書)井手英策、古市将人、宮崎雅人
『幸福の増税論-財政はだれのために』(2018岩波新書)井手英策
『ソーシャルワーカー』(2019ちくま新書)井手英策、柏木一恵、加藤忠相、中島康晴

一人ひとりの個性を尊重する「あおいけあ流」の介護の世界

講演の要旨

介護保険法が求めているのは「要介護状態等の軽減または悪化の防止」。老人福祉法では「療養上の世話」だったが、介護保険法になり変った。時間割を予め決めて、お茶を出したり、体操をさせたり、折り紙をさせたりというのはケアではなく単なる業務。可能な限り自宅において、自立した日常生活を営むことも法律で求められている。元気になる、維持をするのが介護の仕事。デイサービス、病院のような場所でやりたいこともできない、やらされるだけで7時間もそこに留まっていられるか。座っていられないと徘徊とか問題行動とか言われる。介護事業所の名前が書いてあるワンボックスに乗りたいと思うか?自分がされたらどう思うか?本人の尊厳は?居心地が悪いから出ていきたくなる。行動を止めるのはケアではない。認知症の症状が出ても困らないようにしてあげる。

あおいけあでは本人の強みを活かして、できることをどんどんやってもらうようにしている。意味記憶やエピソード記憶は失われやすいが、手続き記憶は残っている。役に立って褒められると、嬉しくなってどんどん自分でやってくれる。料理、掃除、洗濯、剪定、工芸など、人によってできることは様々。できないことを補助するのではなく、できることをどんどん活かす。やってあげるのではなく、一緒にやってはじめて自立支援。褒められる→必要とされていると認識→居心地の良い場所となる。人のために役に立つことで、介護度も改善している。イベントも職員が利用者に楽しんでもらうのではなく、利用者が地域の人を招いて楽しんでもらう。地域の清掃や下校の見守りをすれば社会資源になる。地域の人も利用者も笑顔になれば、職員も笑顔になる。

ノビシロハウスは学生向けアパートを買い取ってリフォーム。高齢者向けだが、学生2人を家賃半額で入居できるようにしている。学生は毎日声掛けをすることと月1回お茶会を開くことが条件。向かいの棟は1階がカフェとランドリー、2階が診療所になっている。

あおいけあホームページ(外部サイト)
https://aoicare.co.jp/ns/

ノビシロハウス亀野井の取組(外部サイト)
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00890/

感想

以前からあおいけあさんの介護には注目しており『世界が注目する日本の介護』(2021講談社)を読んで理想的な介護が行われていると感じていました。似たような手法では、広島県のNPO地域の絆でも実践されており、具体的な理論と技術は地域の絆代表の中島康晴さんが出版した本に詳しく書かれています。あおいけあさんや地域の絆さんの実践は介護があるべき本来の姿だと思うのですが、一般化はしていません。なぜ一般化していないのか、どうすれば自分たちの地域で実践できるのかということを考えていかなければなりません。このような実践があることを広く住民や事業者に知ってもらうことが第一。次に、これらの実践を具体的な仕様に落とし込んで、実践してくれる事業者に助成金を出す方法が考えられると思います。

ヤングケアラー現状と必要な支援

講演の要旨

ケアラーとは介護・看病・療育・世話・気づかいなどケアの必要な家族や近親者・友人・知人などを「無償で」ケアする人達のこと。ヤングケアラーとは大人が担うようなケアを行っている18歳未満の子ども。ヤングケアラーが大人になってもケアを続けることも多い(若者ケアラー)。

ケアの種類は、家事全般、身体的介助、医療的ケア、情緒面(感情面)でのサポート、金銭支援など多岐にわたり、見えにくい・見えないケアが存在する。南魚沼市や藤沢市などでヤングケアラーの調査を実施しており存在率は6%程度。年齢とともに役割が増える・難しくなる傾向がある。学校生活に影響し、ケアラーは自分がやりたいことを我慢している。相談をする場所・相手がなく、あっても知られたくない、偏見を持たれたくない、相談して状況が変わると思えないから相談しない人も多い。求めているのは、自分がやっているケアの役割を変わってくれる人。

ケアが必要な人の支援法だけでなく、ケアをする人の支援法が必要。2020年3月の埼玉県をはじめ、多くの自治体がケアラー支援条例を制定している。藤沢市では子どもから高齢者・障がい者・生活困窮者等、全ての市民を対象とした全世代・全対象型地域包括ケアを実施している。ヤングケアラーに限らず、全世代を対象としたケアラー支援条例が必要。

感想

家族がケアを行うことを前提としていたら、いくらケアラー支援条例を作っても意味はない。まずはケアの社会化、家族をケアから解放することが先決。それでも家族が負担する部分は必ず残るので(特に精神的な負担)、ケアラー自身に対する支援も必要なことは理解できるが、現在の条例で定められているような相談窓口の設置や関係機関の連携に関しては、新たな条例を作るよりも重層的支援体制の枠組みを使った方が上手くいくのではないか。ケアラーにとって必要な支援は、専門の相談窓口や、負担軽減にならないアドバイスよりも、ケアラーが担っている役割を誰かが担ってくれること。つまり現状の支援の要件緩和や、他の制度では対応できない(していない)具体的な支援の仕組み・ツールの創設が求められているのではないだろうか。

ひきこもり本人や家族が必要とする支援と地域の役割

講演の要旨

ひきこもりは病名ではなく状態。家の中だけが安心できる居場所(生存領域)。ひきこもりになる背景は一人一人違うが、精神疾患や発達障害があるところに学校でのいじめ、体罰、職場でのハラスメントなどがきっかけになることが多い。病気の診断がないと制度に乗せられないが、大事なのは診断ではなくひきこもりに至った要因。足繁く通い丁寧に話を聴いて信頼関係を作っていくことが重要。パターン化した対応をせず、一人ひとりにあった対応を。

不登校だった子が大人になってひきこもりになるのではない。不登校になった原因があり、大人になって似たような体験があった場合にフラッシュバックしてしまう。障害や病気だから不登校になるのではない。障害や病気があっても通えるようにすべきだし、通う場所は学校でなくても構わない。

新潟県社協や江戸川区がひきこもりの実態調査を実施しているので参考にしてほしい。ひきこもりは本人だけでなく家族も辛い。家族への支援が必要。親や本人でないと相談を受け付けない役所もある。話を聴く場所は役所である必要はない。家族が接し方を変えるだけで本人が安心し、関係が改善されることもある。家庭内を安心できる空間に。

函館市では市内10か所の地域包括支援センターが福祉拠点となり、介護以外の相談もできるようしたことで、ひきこもりの相談が急増した。本人や家族の居場所が必要で、家族会が有効。就労をゴールと決めず、いつでも居場所に戻れるように。江戸川区では少しでも参加しやすいようハイブリッド型(オンライン・リアル)居場所やメタバース(仮想空間)居場所を開設している。

アウトリーチは重要だが、引き出すことを目的としてはダメ。信頼関係を作ることが大事なので不意打ち訪問もダメ。埼玉県や大和市ではひきこもり(大和市では「こもりびと」)を支援する条例を制定しているので、参考にしていただきたい。

◆当事者が自発的に動かないときに家族ができること
折に触れ、自己選択や自己決定、自己行動する機会をつくる。
小さな刺激からの小さな反応の連鎖の積み重ねが変化を起こす。
非言語の反応(表情や仕草、行動)の中に本人の意思が詰まっている。
親への批判や怒りは感情の復活、回復へのターニングポイント。

◆親亡き後のために家族ができること
元気なうちに自分が信頼できる第三者(理解者)とつながる。
本人や兄弟姉妹に負担が掛からないよう事前に情報を共有。
公的機関や家族会、講演会、学習会で社会資源等の情報を収集する。
家族は社会資源の選択肢を本人に届けることができる役割を担う。

◆本人が出かける先、求めている支援(KHJ本人調査)
出かけている先は、スーパー、病院、仕事(職場)、コンビニ、買い物、図書館、ショッピングセンター、本やなど、人はいるが話さずに受け手として楽しめる場所。
今後充実していく必要がある支援は、複数の居場所70.2%、相談支援62.6%、ピアサポート59.5%、経済的支援58.0%、8050支援54.2%、生活支援52.7% 他

感想

ひきこもりを支援できるように(8050問題に対応できるように)重層的支援体制が創られましたが、実際に対応し、解決するのは極めて困難です。まずは相談窓口の周知徹底(北本市では福祉総合相談窓口)した上で、アウトリーチができる専門職を複数配置し、本人や家族が参加できる居場所、短時間でも働ける職場など、複数の「出口」を用意しなければなりません。

重層的支援体制の中で対応し、解決を図りながら、新たな社会資源や制度が必要な場合はそれを創出することも求められます。8050問題は9060問題へと変化し、さらに困難になる恐れもあります。ひきこもりの存在を「恥」と感じ、相談できない家庭も少なくないことから、その存在を把握する調査の実施や、相談しやすい環境づくり(複数の窓口、SNSでの相談、繰り返しの周知など)も重要になるでしょう。

様々な困りごとに応じて複数の条例や制度を作るのではなく、重層的支援体制を確実に実施し、必要に応じて拡張していく方法が望ましいと思います。

研修参加費用

この研修の参加費及び交通費は、会派市民の力の政務活動費から支出しています。研修に要した費用は次のとおりです。

納入費用 6,900円
・研修費 2,600円
・食費(3食)2,000円
・研修生活動費 2,300円
振込手数料 165円

交通費 28,160円
・新幹線(東京-米原)4,950円×2
・乗車券(北本-唐崎)9,130円×2

合計 35,225円