いじめ防止対策推進条例が否決されたワケ

いじめ防止対策推進条例は賛成ゼロで否決

平成31年度第1回定例会に上程されていた『北本市いじめ防止対策推進条例案』が、議員の誰からも賛成を得られず否決されました。一体どのような内容の条例で、なぜ否決されたのでしょうか?

条例制定の経緯

2011年10月に滋賀県大津市で起きたいじめによる中学生の自殺事件と、学校及び教育委員会の不適切な対応が社会問題化したことを契機として、いじめ対策に関する法案の検討が行われ、2013(平成25)年に『いじめ防止対策推進法』が制定されました。

この法律では、「いじめ」について定義し、いじめ防止対策の基本理念、いじめの禁止、関係者の責務などを定めています。また、地方自治体は「地方いじめ防止基本方針」を定めるよう努め、条例により「いじめ問題対策連絡協議会」を置くことができるとされました。

埼玉県内では北本市以外の市町村ではすでに基本方針を定めています。北本市としては基本方針に先立ち、この条例で市としての基本理念などを定める予定でした。条例案の第1章の総則では、用語の定義や基本理念、関係各者の責務を明確化し、第2章では基本方針の策定を自らに義務付け、第3章以降では「いじめ問題対策連絡協議会」、「いじめ問題調査委員会」、「いじめ問題再調査委員会」の設置などについて定めるという内容でした。

詳しくは、こちらの条例案をご覧ください。

論点1 大人によるいじめを対象に含めるべきか

この法律と条例案における「いじめ」の定義では、あくまでも学校に在籍している児童・生徒を対象としています。学校に在籍していない子どもや、子ども以外の者によるいじめは対象外です。北本市では過去に教員が生徒になりすましツイッターで生徒を中傷する事件がありましたが、この法律・条例案では大人による生徒への中傷は対象から外れます。

公明党の保角議員は反対討論でその点を指摘していました。例えば、滋賀県大津市の基本方針では、対象を拡大し、被害側は単に「子ども」とし、加害側は子どもに限定していません。北本市の条例でも過去の事件を教訓に、対象範囲を拡大するべきというのが、第1の論点です。

特に教職員によるいじめの放置や助長への対応について、法律案を検討する段階では教職員によるいじめの放置や助長を禁止する規定を設けることも検討されました。しかし、与野党協議の結果「いじめの放置や助長をしないことは教職員にとって当然のことで、敢えて法律に規定することはしない」となりました。

しかし北本市においては、実際に教師による生徒の中傷という事件があったことを踏まえれば、条例において法律で検討されていた規定を設けても良かったように思います。

なお、学校に在籍しない児童・生徒のみを対象としていることについては、特に議論をされた形跡を見つけられませんでした。いじめは学校を舞台に行われるものという前提があったのかもしれません。学校に在籍しない生徒がいじめられたり、いじめたりした場合に、誰が中心となって支援・指導に当たるのかという難しい課題がありますが、現実に起こりうることですから、規定をする必要があると思います。ただ、法律でも想定していない内容になりますから、まずは学校に在籍している児童・生徒のみを対象とすることもやむを得ないと考えます。

論点2 学校の責務と教職員の責務

法律では、国、地方公共団体、学校の設置者と並び、「学校及び学校の教職員」の責務を定めています。一方で条例案では、「学校」の責務を定めているものの、教職員については触れていません。ここでは、法律と条例案の条文を見比べていただきます。

平成会は教職員の責務も明確にすべきとして、条例案の「学校は」を「学校及び学校の教職員は」とする修正案を提出しましたが、学校として取り組むべきことと教職員として取り組むことが混在していて、明確にはなっていません。

条例案第5条第1項及び第3項は学校として取り組むべきことで、第2項前段(信頼関係の構築)や法律案の「児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。」は学校のみならず一人一人の教職員が責任をもって取り組むことであると思います。

当初の案も、平成会の修正案も、もっと言えば法律も、規定として不完全で不十分です。

論点3 保護者の定義

条例案は法律にならい保護者を定義しましたが、児童福祉法では「未成年後見人その他の者で、児童を現に監護する者をいう」と定義しています。この「児童を現に監護する者」を加えることで、里親や児童福祉施設の長も含むことになるようです。平成会の修正案は、児童福祉法にならった定義に改めるものでした。

学校教育法第16条において、「保護者(子に対して親権を行う者(親権を行う者のないときは、未成年後見人)をいう。以下同じ。)は、次条に定めるところにより、子に九年の普通教育を受けさせる義務を負う。」と定めていることから、いじめ防止対策推進法でも同様の規定としたと考えられます。

しかし、いじめ問題に関して言えば、親権者に代わって愛着関係の形成など児童の健全な育成を図る里親は、保護者に含めてしかるべきと考えます。平成会の修正案の方が、保護者の定義にふさわしいと思います。

論点4 いじめを行った児童等に対しては厳罰化?

日本共産党は、いじめ防止対策推進法に対し、子どもにいじめ禁止を命じ、いじめる子を厳罰で取り締まろうとしている。道徳教育中心のいじめ対策を求めているが、(家庭での教育は)自主的に行われるべきものである。いじめ・自殺遺族の知る権利も不十分。など見過ごせない点があるとして、この法律の趣旨を踏まえた本条例案にも反対するとしています。

しかし、厳罰化については衆参の委員会において発議者が「厳罰化に当たらない」と明確に否定し、いじめを行った児童等に「懲戒を加える際にはこれまでどおり教育的配慮に十分に留意すること。」という附帯決議もされています。条例案には、いじめの加害者に対する指導や、懲戒に関する規定は置いていません。

道徳教育についても、条例案では道徳という言葉は使わず、「生命を大切にする心及び人権を守る心を育成しなければならない」としており、道徳教育の推進を懸念する声にも配慮した規定としています。個人的に条例案のこの点は高く評価できると考えています。

議会の指摘を踏まえて条例案を見直し、次の議会で可決を

いじめ防止対策推進条例は賛成ゼロで否決されました。しかし、北本市としては一刻も早く基本方針を定める必要があります。賛成ゼロとは言え、いじめ対策の推進が必要なことは異論がないでしょうから、何とか次の議会では可決されるよう、今回の議論を踏まえ、執行部にはより良い条例案を作っていただきたいと思います。