留守番禁止条例とは何だったのか?

埼玉県議会令和5年9月定例会に議員提案された『埼玉県虐待禁止条例の一部を改正する条例』。10月4日に提案され、6日の県議会福祉保健医療委員会の審査において小学生だけでの留守番や外出が放置として禁止されることが明らかになると、瞬く間に批判が拡がりました。10月13日に採決される予定でしたが、自民党県議団から撤回請求が提出され、承認されました。

条例の内容

条例案の原文は、こちらからダウンロードできます。

提案理由
児童が放置されることにより危険な状況に置かれることを防止するため、児童を現に養護する者は、当該児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置をしてはならない旨を定める等をしたいので、この案を提出するものである。

改正の内容

児童の放置の禁止(第6条の2第1項・第2項として追加)

現に養護する者は、小学校3年生までの児童を放置をしてはならない。また、小学校6年生までの児童を放置しないように努めなければならない(小学校4~6年生でも、虐待に当たる放置は禁止)。

放置とは? 条例改正案では「児童を住居その他の場所に残したまま外出することその他の放置」と規定しています。放置の代表例として「住居その他の場所に残したまま外出すること」が挙げられていますが、それ以外の放置の事例については、条文からは明らかではありません。

児童の放置の防止に資する施策の実施(第6条の2第3項として追加)

県は、市町村と連携して、児童の防止に資する施策を講ずるものとするとされています。児童の放置の防止に資する施策として、待機児童に関する問題を解消するための施策が挙げられています。

虐待の通告・通報の義務化(第8条に第2項として追加)

県民は、虐待を受けた児童等(等に当たるのは高齢者と障害者)を発見した場合は、速やかに通告又は通報をしなければならない(児童→通告、高齢者・障害者→通報)。

虐待を発見した県民に対し、通告・通報の義務を課す内容の改正ですが、虐待を発見した場合には、児童虐待防止法において通告の義務がすでに課せられており、県民に新たな義務を課す内容ではありません。何のためにこの項を追加するのか、目的が明らかではありません。

児童虐待の防止等に関する法律
(児童虐待に係る通告)
第六条 児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。

虐待とは

この条例には、第2条において『虐待』を次のように定義しています(今回は改正されていません)。

一 虐待 次のいずれかに該当する行為をいう。

  • イ 養護者がその養護する児童等について行う児童虐待防止法第二条各号、高齢者虐待防止法第二条第四項第一号及び障害者虐待の防止、障害者虐待防止法第二条第六項第一号に掲げる行為
  • ロ 養護者又は児童等の親族が当該児童等の財産を不当に処分することその他当該児童等から不当に財産上の利益を得ること。
  • ハ 施設等養護者が児童等を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること。
  • ニ 使用者である養護者がその使用する児童等について行う心身の正常な発達を妨げ、若しくは衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、その使用する他の労働者によるイに掲げる行為と同様の行為の放置その他これらに準ずる行為を行うこと。

また、児童虐待防止法第2条では、『虐待』を次のように定義しています。

(児童虐待の定義)
第二条 この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。

  1. 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
  2. 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
  3. 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
  4. 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。

なお、第2条では保護者が行う1~4の行為を「児童虐待」としていますが、次の第3条において「何人も、児童に対し、虐待をしてはならない。」と定め、虐待を禁止しています。

「放置」は虐待なのか?

児童虐待防止法で『児童虐待』としている放置は、「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置」です。

具体的には、『子ども虐待対応の手引き(平成25年8月 改正版)』において、次のように説明されています。

三 ネグレクト
・ 子どもの健康・安全への配慮を怠っているなど。
例えば、
(1)重大な病気になっても病院に連れて行かない、
(2)乳幼児を家に残したまま外出する
なお、親がパチンコに熱中したり、買い物をしたりするなどの間、乳幼児等の低年齢の子どもを自動車の中に放置し、熱中症で子どもが死亡したり、誘拐されたり、乳幼児等の低年齢の子どもだけを家に残したために火災で子どもが焼死したりする事件も、ネグレクトという虐待の結果であることに留意すべきである。
・ 子どもの意思に反して学校等に登校させない。子どもが学校等に登校するように促すなどの子どもに教育を保障する努力をしない。
・ 子どもにとって必要な情緒的欲求に応えていない(愛情遮断など)。
・ 食事、衣服、住居などが極端に不適切で、健康状態を損なうほどの無関心・怠慢、など
例えば、
(1)適切な食事を与えない、
(2)下着など長期間ひどく不潔なままにする、
(3)極端に不潔な環境の中で生活をさせる、など。
・ 子どもを遺棄したり、置き去りにする。
・ 祖父母、きょうだい、保護者の恋人などの同居人や自宅に出入りする第三者が一、二又は四に掲げる行為を行っているにもかかわらず、それを放置する。など

この説明にあるとおり、乳幼児を家に残したまま外出することや、自動車内に放置して死なせてしまう事案は、児童虐待防止法において、すでに「虐待」として捉えられています。県条例において追加的に定義する必要はありません。

ただし、児童虐待防止法で虐待としているのは「乳幼児等の低年齢の子ども」です。小学生の放置に関しては対象になっていない(小学校低学年の場合は低年齢と言えなくもありませんが)ので、条例において小学生の放置を追加的に禁止したと言えます。

そもそも、児童虐待防止法の条文自体が「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置」ですから、短時間の留守番や学校の登下校、公園で遊ぶことが全て「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置」でないことは明らかです。

そもそも放置=虐待ではない

埼玉県虐待禁止条例改正案では、放置を禁止したものの、これを虐待とは定義していません。

自民党県議団の田村琢実団長はテレビの取材で「留守番することもある種虐待なのか」と聞かれ「もちろんです。子どもが放置されている状態を我々は定義し」と答えています(3:22~)が、実際の改正案ではそのようにはなっていません。
※議案取下げ後に「安全配慮義務が抜けている時が虐待」と釈明(5:41~)

児童虐待防止法では虐待としていない状況に対し、県が独自に虐待とすると混乱を招き、適切ではありません。そこでやむを得ず「禁止」としたものと考えられます。しかし、虐待でないことを禁止するというのもおかしな話で、かなり無理のある改正案だったと言わざるを得ません。

つまり、改正案を読む限り、小学生以上の子どもだけで留守番したり、登下校したり、公園で遊んだりすることは、禁止とするものの、虐待とはしていませんから、そのような状況を発見したとしても、通告する義務はないということになります。

自民党県議団の団長が改正案と異なる説明をしているので無理はありませんが、取材する側もしっかりと取材し、正しく伝えていただきたいものです。

条例案に対する反応

条例案が報道されると、SNSを中心に瞬く間に反対の声が拡がりました。主な反対意見は次のとおりです。

  • 一生懸命働くひとり親や共働きの人を追い詰めることになる。
  • 通報義務で監視され、外で子どもを遊ばせられなくなる。
  • 生活実態とかけ離れている。
  • 子供の最善の利益を反映したものとは考えられず、子供を虐待から守ることができるとも思えない。
  • ますます子どもを持たない人が増える。少子化が加速する。
  • 子育て支援が不足している現状を家庭の責任に押しつけようとしている。

県が設置している「知事への提案」には10日午後2時時点で1007件の意見が寄せられ、反対1005件、賛成2件(どちらかといえばを含む)だった。(埼玉新聞 2023年10月11日配信)

これらの批判の多くは「親目線」に立ったものです。子どもだけで留守番させたり、登下校させたり、公園で遊ばせたりすることを禁止されたら、仕事を辞めなければいけなくなる、生活できなくなる、通告されてしまう、という困惑や怒りがうかがえます。

しかし、大人(親、行政、地域住民など)の都合で見守りができないことによって、子どもを危険に晒すことがあってはならないのも事実です。改正案には「県は、市町村と連携して、児童の防止に資する施策を講ずるものとする」という規定も追加されていましたが、具体策は執行部に丸投げだったことで、さらに不信感を持たれたのではないかと思います。

子どもの権利から考える

必要なのは、子ども観の転換

改正案を提出した自民党県議団も、子どもを大切に思う気持ちから、このような条例案を提出したものと思います。しかしながら、その子ども観は、青少年健全育成の考え方に基づく、旧来からの子ども観によるものと言えるでしょう。実はこれこそが、子どもの権利の尊重が進まない大きな要因だと思っています。

「子どもは、おとなからもっぱら守られ、教え導かれる存在であるという子ども観から脱却して、子ども自身が、育ち・学びの主体であって、問題を解決したり、社会に参加したりする主体であるという子ども観に立つことが要請されています。」『解説子ども条例』2012 荒牧重人、喜多明人、半田勝久編 三省堂

「子どもだけでは危険だから大人が守らなければらない」というのは大人の一方的な押し付けです。どういう場合に大人の見守りや助けが必要か、どういう形の「放置」に不安を感じるかなど、子どもの意見をしっかりと聴き取り、子どもの最善の利益を考慮しながら、対策を考えなければなりません。

こども基本法にも違反の恐れ

令和5年4月1日に施行された『こども基本法』では次のように規定されています。

(こども施策に対するこども等の意見の反映)
第十一条 国及び地方公共団体は、こども施策を策定し、実施し、及び評価するに当たっては、当該こども施策の対象となるこども又はこどもを養育する者その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。

今回の条例改正に関して、自民党県議団はパブリックコメント(意見公募)を実施したようですが、その結果や反映については公開されていません。

今回のように多くの県民に影響を及ぼす条例案を提案する際には、もっと広く意見聴取を行い、意見を反映させたうえで、その内容について公開する必要がありました。こども基本法に基づく手続きという観点からも、十分ではなかったと言えます。

では、どうすれば良かったのか?

子どもの車内置き去りのような特に危険な放置を防ぎたい、子どもから目を離した隙に連れ去られたり、命に関わる事故に遭ったりすることを防ぎたいということであれば、条例で禁止するだけで目的が達成できないことは明らかです。

実効性の期待できる方策としては、次のようなものが考えられると思います。

  1. 罰則の強化
  2. 放置を監視し、発見するシステムの確立
  3. 保護者に頼らない保育・見守り施策の充実

1について、悪質な放置は刑法の「保護責任者遺棄罪」に問われる可能性があります。罰則を強化するには刑法の改正が必要で、県ができることではありません。また、現状でも保護責任者遺棄致死罪は3年以上20年以内の懲役です。最長20年の懲役を例えば25年にしたところで、大きな効果が得られるとは到底思えません。実効性の高い方策とは言えないでしょう。

2について、静岡県牧之原市の認定こども園において園児がバスの中に置き去りとなり死亡した事件(令和4年9月に発生)を受け、令和5年4月から送迎用バスに安全装置を設置することが義務付けられました。これを参考に、機器等で危険な放置を監視し、発見することはできないでしょうか?

例えば、GPS機能(一定の範囲から出た場合に通報される)、高温警告機能(一定の温度以上になると通報される)、自動通報機能(保護者のスマホや警備会社に通報される)などを搭載した多機能防犯ブザーを開発し、子どもに無料配布することで、危険な放置による事故を減らせるかもしれません。これは一つのアイデアに過ぎません。他にも様々な方法が考えられるでしょう。県としても実現可能な方策です。

3について、保護者による保育・見守りには限界があります。その限界も、家庭によって様々です。保育園や学童保育における待機児童を無くすこと、使い勝手の良い(臨機応変、料金が安いなど)一時保育施設やサービスを増やすことなどにより、危険な放置を減らすことができるでしょう。これこそが、県が最優先で取り組むべき方策だったのではないでしょうか?

子どもの声を聴き、実効性の高い方策の実現を

結局のところ、危険な放置による事故を減らすことよりも、議会(議員)のパフォーマンス的要素が強い条例改正案の提出だったのではないかと思います。

こども基本法の規定に従い、まずはしっかりとこどもや保護者、保育事業者などの意見をよく聴き、実効性の高い方策を実現しなければなりません。

危険な放置による事故が相次いでいることは、間違いがありません。これは、埼玉県だけでなく、国や全ての地方自治体が真剣に取り組むべき課題です。他山の石とせず、北本市議会としても、しっかりと考えたいと思います。